現代人は、あらゆる物事が早く進むようになったことで生活が忙しく、ストレスが溜まりやすいため、良質な睡眠をとることへの関心が非常に高いです。
睡眠と飲食は密接に関連しており、「睡眠の質を高める」というフレーズで宣伝され良く知られているセサミンやGABA、一部の乳酸菌などに注目が集まっていますが、実は「トリプトファン」も睡眠に関連する重要な栄養素であることが分かっています。
この記事では睡眠の質に関わる重要な栄養素である「トリプトファン」の秘密を詳しく解説します!
トリプトファンの基本情報
脳にとって重要なセロトニンやメラトニンの素
トリプトファン(Tryptophan)は、私たち人間にとって必要である上に、体内で自ら合成することができないため、食事から摂取する必要がある「必須アミノ酸」のひとつに数えられる、重要なアミノ酸です(1)。
トリプトファンは、体内でセロトニンやメラトニンなどの重要なホルモンを合成するための材料となり、脳機能や体内時計(概日リズム)、睡眠の調整に寄与することが知られています(2)。
セロトニンは中枢神経系で働く重要なホルモン
セロトニンは、私たちの体内でトリプトファンから合成される神経伝達物質で、中枢神経系の機能の多くに関わるホルモンです。
セロトニンは自律神経を制御することで、睡眠、食欲、体温、体内時計、気分など幅広い機能を調節する、非常に重要な物質であることが知られています(3)。
さらにセロトニンは、幸福感や抑うつ気分にも関わることが知られており、うつ病治療においてセロトニンをコントロールする薬が広く使われるほど、重要な神経伝達物質です(4)。
近年はその効能から、「幸せホルモン」として日本でもよく知られています。
メラトニンは体内時計と睡眠を調節するホルモン
メラトニンは、セロトニンがさらに代謝されることで作られるホルモンで、私たちの身体がもつ体内時計を安定させる上で欠かせない重要な物質です(5)。
私たちの脳には松果体という、自分が光を浴びたことを認識するための器官があり、松果体が光を感知している間はメラトニンの放出が抑えられます。夜になり暗くなったことを松果体で察知すると、私たちの脳はメラトニンを放出し、深部体温の低下など眠りの準備に入ると考えられています。
そのため、規則正しい生活をする上でメラトニンは非常に重要な物質です。また、メラトニンは加齢によってその生成能力が落ちることが知られており、メラトニン減少と老化との関連も示唆されています(6)。
トリプトファンは、睡眠や体内時計にとって重要なホルモンであるこれらのホルモンを作る上で必要な栄養素です。
トリプトファンを豊富に含む食べ物
トリプトファンは多くの食品から摂取することができますが、特に大豆製品や乳製品、穀物などに多く含まれることが知られています。
トリプトファンが豊富に含まれる食品のまとめ
次の表は、文部科学省が策定する「日本食品標準成分表(八訂)2023年増補版」の中から、トリプトファンを豊富に含む身近な食品を抜粋したものです(7)。
なお、それぞれ食品の可食部100gあたりのトリプトファン含有量を記載しています。
主にタンパク質が豊富な食品にトリプトファンが多く含まれるので、バランスの良い食事をしながら、意識して摂取をすると効果的と考えられます。
表1. トリプトファンを豊富に含む身近な食品(豆類・穀類)
豆類 |
穀類 |
||
分離大豆たんぱく(塩分無調整) |
1,200mg |
小麦たんぱく 粉末状 |
790mg |
いり大豆(黄豆) |
560mg |
小麦はいが |
350mg |
いり大豆(黒豆) |
530mg |
焼きふ 釜焼きふ |
330mg |
表2. トリプトファンを豊富に含む身近な食品(乳類・肉類)
乳類 |
肉類 |
||
カゼイン |
1,100mg |
うし ビーフジャーキー |
690mg |
ナチュラルチーズパルメザン |
590mg |
ぶた ヒレ 赤肉 焼き |
500mg |
脱脂粉乳 |
470mg |
ぶた スモークレバー |
490mg |
トリプトファンの効果に関する研究報告
トリプトファンは、脳や身体の機能の中心を担う中枢神経系で重要なセロトニン、体内時計や睡眠に重要なメラトニンを作る材料であることから、幅広い機能に関わると考えられています。
この記事ではその中から、特によく調べられてきた代表的な効能に関する研究報告を、詳しく解説します。
睡眠の質を高める
トリプトファンはセロトニンやメラトニンなどの睡眠に深く関わるホルモンの材料であることから、その睡眠に関する効能がよく研究されてきました。
35人のボランティアを対象に、トリプトファンを多く含むシリアルの摂取がどのように睡眠時間や睡眠中の不動時間などに影響するかを調べた研究では、トリプトファンを豊富に含む強化シリアルの摂取後に睡眠の質が向上する結果が報告されています(8)。
この研究では、ボランティアは手首に活動計を装着した上で、睡眠時の動きの測定や不安感を測るテストなどを受けました。
その結果、トリプトファン強化シリアル摂取後に睡眠時間、不動時間、睡眠効率が増加するとともに、夜間活動や睡眠潜時が減少し、睡眠の質が向上しました。
さらに、抑うつ感情や不安感を測るテストの結果も向上し、トリプトファンが睡眠だけでなく気分障害にも効果的であることが示唆されています。
気分を安定させる
トリプトファンの最も代表的な効能として知られるものは、医学の場でも対象とされているように、抑うつ感情を調整し気分を安定化させる効能です。
過去のヒトを対象としたランダム化比較試験の結果を系統的に調べたレビューでは、トリプトファンを通常の食事以外に140mg〜300mg程度追加で摂取することで、健康な人の気分をより安定化させることが期待できると報告されています(9)。
また、女性の月経前不快気分障害に対してもトリプトファンが有効であることが示唆されています(10)。
この研究では計71人の月経前不快気分障害患者が、トリプトファン摂取グループ(1日6g)またはプラセボグループにランダムに割り当てられ、17日間摂取した後、自ら不快気分や緊張、易怒性の変化を数字で評価しました。
その結果、全ての評価項目で有意にトリプトファン摂取グループが良好な結果を示し、トリプトファンの月経前不快気分障害緩和への効果が示唆されています。
トリプトファンの摂取がおすすめな人は?
シフト勤務などにより生活リズムが固定されていない方
不規則な生活リズムは、睡眠の質に影響を与える可能性があります。
体内時計を調整するメラトニンの生成に関わるトリプトファンの補充で、不規則な生活リズムが改善されることが期待できます。
仕事や試験勉強のストレスで緊張が続いている方
ストレスが大きい人は神経伝達物質のバランスや自律神経が乱れやすいため、トリプトファンの補充は効果的と考えられます。
気分が沈みがちな方
気分が不安定な人や心のリフレッシュをしたい人にとって、トリプトファンの補充は抑うつ感情や不快感を緩和し、気分を高める上で有効であると示唆されています。
生理期で十分な休息を必要とする方
女性にとって辛い月経前後の感情的な影響を、トリプトファンの補充が和らげることが示唆されています。
トリプトファンの摂取量とタイミングを解説!
トリプトファンは上記のような食品から、日常的に摂取することができます。厚生労働省が策定する「日本人の食事摂取基準(2020年版)」では、トリプトファン摂取基準量は年齢ごとに決められており、成人の場合は1日に体重1kgにつきトリプトファンを4mg、つまり60kgの成人であれば1日計240mgのトリプトファンを摂取することが基準とされています(1)。
また上記のように、トリプトファンを通常の食事以外に140mg〜300mg程度追加で摂取することで、健康な人の気分の安定化が期待できるとも報告されています(9)。
睡眠を助ける効果を期待する場合、夕食時にトリプトファンを豊富に含む食事を摂取すると効果的と考えられます。
ビタミンB群との組み合わせで効果的に
トリプトファンを摂取する際には、同時にビタミンB群を補充することが望ましいです。ビタミンB6はトリプトファンを代謝する酵素の働きを助け、神経系の健康を促進します(11)。
また、ビタミンB12は神経系の健康に関与し、食事からの摂取量が気分障害と関連することが示唆されています(12)。
そのため、ビタミンB6やビタミンB12などのビタミンB群を一緒に摂取すると、より効果的な結果が期待できます。
トリプトファンの副作用と注意点
トリプトファンはアミノ酸の一種であり、多くの食品やタンパク質に含まれています。
そのため一般的には安全であると考えられていますが、以下に当てはまる方は、医師や薬剤師などの専門家に相談することが優先されます。
トリプトファンの選び方
睡眠の質や気分の安定を目的にトリプトファンの摂取を検討する際には、同時にGABA(γ-アミノ酪酸)やセサミンといった気分の安定に効果があると示唆されている成分を含む製品を選択することをおすすめします。
さらに、ビタミンB6とB12を一緒に摂取することで、トリプトファンの体内での吸収と変換をサポートすることも期待できます。