イヌリンは植物が作る水溶性食物繊維の一種で、チコリやゴボウ、玉葱等に多く含まれ、私たちの大腸にいる善玉菌を増やす効能や、血糖値や血中脂質を改善する効能が研究報告されています。
さらに、イヌリンはダイエットにも役立つことが研究で示唆されており、近年注目を集めています。
この記事では、イヌリンがどのような栄養素かという基本情報から、イヌリンが持つ効能に関する研究報告、イヌリンが豊富に含まれる食品、イヌリンに副作用はあるのかなど、イヌリンの情報をまとめて解説します。
イヌリンはどんなもの?
イヌリンの基本情報
イヌリンは、糖分子が連なってできる食物繊維の一種で、ごぼうやヤーコンなどの根菜に多く含まれる水溶性食物繊維のひとつです(1)。
食物繊維とは
食物繊維は、一般的に「ヒトの消化酵素では消化されない食物中の炭水化物」とされる栄養素です。
直接消化により体内へ吸収はされないものの、胃で消化されずに腸まで届いたあとに腸内細菌が代謝することで、さまざまな生活習慣病リスクを下げる重要な役割を果たすことが研究により知られています(2)。
食物繊維は、水に溶けやすいかどうかで「不溶性食物繊維」と「水溶性食物繊維」に分けられ、一般的に「便のかさを増やす」などの効能で知られるセルロースやリグニンは、水に溶けにくい不溶性食物繊維です。
イヌリンの働き
水に溶けやすい水溶性食物繊維であるイヌリンは、人体に良い効果を発揮するビフィズス菌などの善玉菌のエサとなり幅広い働きを促進する、重要な栄養素として注目を集めています(3)。
近年、ビフィズス菌などの有益な働きをする生きた微生物は「プロバイオティクス」と呼ばれ、炎症反応や高血圧、糖尿病を抑制するとともに、免疫力やメンタルヘルスを改善する効能が注目を集めています(4)。
このプロバイオティクスの増殖を促すイヌリンのような栄養素は「プレバイオティクス」と呼ばれ、プロバイオティクスと同様にその幅広い効能に期待が寄せられています。
イヌリンの活用の歴史
イヌリンは、ごぼうやタマネギ、チコリやにんにくなど3,000種以上の野菜に含まれる食物繊維で、何世紀にも渡り人々に摂取されてきました。
イヌリンは1800年代初頭にドイツの科学者により発見され、その控えめな甘さと、水に溶けることで生み出す粘り気、低カロリーな特徴から、脂肪や砂糖の代替品のほか、食感を調整する添加物として利用されてきました(5)。
また、水溶性食物繊維として腸内環境を改善する働きからも、イヌリンは食品への利用で重宝されてきました。
さらに近年の研究により、イヌリンが腸内環境を改善する働きは、腸内環境それ自体だけではなく、血糖値や血中脂質の改善などにも繋がることが確認されました。
他にも、イヌリンはプレバイオティクスとしての利用や、糖尿病患者向けの低カロリー食への利用など、より広く活用されるようになっています。
イヌリンの健康機能
この項目では、研究により報告されているイヌリンのさまざまな効能をご紹介していきます。
1. 腸内環境を整える効能
イヌリンはプレバイオティクスのひとつとして、私たちの体に良い影響を与える善玉菌(ビフィズス菌を含む)を増やし、腸内環境を改善する効能が多く報告されてきました。
ヒトを対象として1日5g〜20gのイヌリンを投与した複数の研究をまとめた論文では、イヌリンを摂取したボランティアの腸内で、ビフィズス菌として知られるBifidobacterium属や、乳酸菌として知られるLactobacillus属などの善玉菌が増加したことが報告されています(6)。
また、イヌリン摂取がどのような腸内細菌を増加させるのかを詳細に調べた別の研究があります。
イヌリン摂取により、ビフィズス菌のなかでも最も代表的な種のひとつであるBifidobacterium adolescentis が大きく増加したほか、酪酸を生成するFaecalibacterium prausnitziiという善玉菌も増加したことが報告されており、イヌリンの腸内環境改善の効能が強調されています(7)。
強い影響力を持つ腸内環境を整える効能があるイヌリンの摂取は、便通改善だけではなく、肥満改善や血糖値改善などの幅広い効能も期待できることが研究により示唆されています(8)。
大腸内には、成人でおよそ100兆個におよぶとされる腸内細菌が存在しており、その多彩な様子が花畑に似ていることから、腸内環境は「腸内フローラ」としても広く知られています。
これらの無数の腸内細菌は、さまざまな消化物を代謝することで無数のシグナルを作り出しており、全身に非常に大きな影響を与えていると考えられています。
2. 血糖値や血中脂質(LDLコレステロール含む)を低減する効能
イヌリンがプロバイオティクスの働きを促進する効果は、血糖値や血中脂質(中性脂肪も含む)の改善にも繋がることが研究により示唆されています。
2型糖尿病患者を対象とした研究で集められた膨大なデータをもとに、イヌリンの血糖値への効果を解析したメタ分析研究では、イヌリンの摂取により、空腹時血糖やHbA1cなどの血糖値がプラセボと比べて有意に改善したという結果が報告されています(9)。
また、2型糖尿病患者へのイヌリンの投与により、血糖値だけではなく総コレステロール値やLDL(悪玉)コレステロール値などの血中脂質の値も大幅に低下したという報告もあり、イヌリンの血中脂質管理への有効性も示唆されています(10)。
血中脂質とは、血液中に含まれる脂質のことです。主な成分には、エネルギー源として蓄えられる中性脂肪(トリグリセリド)、細胞膜やホルモンの合成に必要なコレステロール(LDLとHDL)があります。
過剰になると、特に中性脂肪やLDLコレステロールが動脈硬化や心血管疾患のリスクを高めることがあります。
3. ダイエットに対する効能
水溶性食物繊維であるイヌリンは、食物の消化を緩やかにすることで血糖値の急激な上昇を抑えるほか、ミネラルの吸収を促進する効果などにより、肥満解消にも有効的であることが研究により示唆されています。
「糖尿病予備軍」とされる、正常よりも高めな血糖値を抱える前糖尿病のボランティアを対象に、水溶性食物繊維であるイヌリンか、不溶性食物繊維であるセルロースのどちらかを18週間摂取してもらった研究が行われました。
研究結果では、イヌリン摂取グループにおいてより長期にわたる体重減少が確認され、さらに肝細胞内や筋細胞内に蓄えられた脂肪の減少も確認されたことが報告されています。(11)。
また、2024年に報告された最新の研究でも、肥満の若い成人にビフィズス菌の代表的な種であるBifidobacterium breveの菌株を摂取してもらった結果、12週間の摂取期間後に体重とBMIが大幅に減少し、空腹時血糖もプラセボより有意に低かったことが報告されています(12)。
ダイエットには、食生活だけでなく運動習慣や年齢など、多くの要素が複雑に絡み合いますが、腸内環境のバランスが肥満や生活習慣病に深く関連することはよく知られています。
プロバイオティクスの働きを促進するイヌリンは、血糖管理の効能や脂肪減少の効能などのさまざまな効果から、ダイエットへの効能も期待されています。
4. イヌリンのそのほかの効能
イヌリンは上記のように、腸内環境改善、血糖値と血中脂質の調整、ダイエットなどの幅広い効能を持つことがさまざまな研究により示唆されています。
さらにこれらのほかにも、イヌリンはさまざまな働きをすることが知られています。
免疫機能の調整
例えばイヌリンと、イヌリンが分解されてできるオリゴフルクトースという糖類は、免疫細胞に働きかけることで免疫機能の調整にも貢献することが示唆されています(13)。
メンタルヘルス
また、腸内細菌が生み出すさまざまなシグナル物質は、脳とも深く関わるほど影響力が大きく、「脳腸相関」という言葉で腸内環境と脳機能の密接な関係性が近年研究されています(14)。
特に、イヌリンがその働きを促進するビフィズス菌の特定の種は、メンタルヘルスにも重要であることが研究で示唆されており、イヌリンのさらなる有効性が示唆されています。
イヌリンが多い食べ物
イヌリンは、主に根菜や穀物に豊富に含まれており、チコリやヤーコン、タマネギ、ニンニク、ごぼうなどが天然のイヌリン摂取源として古くから知られています。
イヌリンの含有量をさまざまな研究からまとめた論文を参考に、イヌリンを豊富に含む食材をまとめたものが次の表1です。
表1. イヌリンが豊富に含まれる食材(3)
食材名 |
部位 |
イヌリン含有量( 可食部100gあたり) |
ヤーコン |
根 |
35g |
ニンニク |
球根 |
14g〜23g |
大麦 |
穀物 |
18g〜20g |
チコリ |
根 |
11g〜20g |
タマネギ |
球根 |
5g〜9g |
ごぼう |
根 |
8g〜10g |
イヌリン推奨摂取量は?
イヌリンは、日本における厚生労働省に相当する、アメリカの米国食品医薬品庁FDAが定める「GRAS(一般に安全とみなされている食品成分)」を取得しているため、通常の摂取量であれば安全な物質であると考えられています(5)。
厚生労働省が策定する「日本人の食事摂取基準(2020年版)」によると、食物繊維の推奨摂取量は18〜64歳の日本人男性で1日21g以上、女性で1日18g以上と定められています(2)。
そのため、食物繊維の摂取を兼ねて、腸内環境や血糖値、血中脂質を改善する効能が期待されるイヌリンを摂取すると、より効果的であると考えられます。
日本人の食物繊維の摂取量が不足
1950年代の日本人の1日あたりの平均食物繊維摂取量は20.5gでしたが、1970年代には14.9gに減少し、約20年間で減少しています。
厚生労働省の「令和4年国民健康・栄養調査」に基づくと、男女や年代ごとの1人あたりの食物繊維摂取量は平均以下です。
イヌリンを含む食物繊維は、日本人が摂取不足になりやすい栄養素として厚生労働省が摂取を推奨しています。
イヌリンの副作用
ヒトを対象にイヌリンの安全性を調べた研究では、1日20gのイヌリン摂取でも副作用は生じなかったと報告されています(15)。
ただし、食物繊維は難消化性であるため、一度に多量を摂取すると腸の膨張感などを持つ可能性があり、適量を継続的に摂取することが重要と考えられています。